ミズキユウタ30歳による、映画や音楽やお笑い芸人やその他イロイロについて思ったことと&何気ない日常を綴るブログです。


by hotel_rwanda
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ついさっきもミクシィ日記を書いたのだけど、あっちには近況報告的に、親や同僚には知られたくないようなテンションと内容(逆に言うと未だにブログは身内や同僚に万が一読まれることを恐れている)を綴っており、一方こちらのブログは「足あと」や「1件の日記に対してコメントがあります!」のアナウンスを気にせずに好き勝手に世界へ向けて、宇宙へ向けて、独り言を垂れ流すことを目指し…ているわけではないけど、まあ基本的にミクシィ以上のボリュームと頻度で「日々のこと」と「見た映画のこと」をごちゃまぜにして書いていこう、と2008年の正月に思い立ち、もうすぐ1年が経つ。

が、最近ミクシィ日記とブログの区別がつかなくなってきた。

ひとまず俺が認識している限りでは、ミクシィに参加していない約3名の方が「水木雄太」の近況を知る手段としてこのブログをチェックして頂いているようなので、その3名の方々のために以下、さっき書いた「ミクシィ日記」の一部を転載。

と思って一部をコピペしてみたのだけど、読み返すと「これ、万が一会社の人とか‘関係各社’の人に見られると気まずいな」と思ってしまったのでやっぱり削除。まあ99.99%そんなことは無いと思うのだけどね。でもこないだ「まさかこの人が!?」という人に「ちょくちょく読んでます」と言われたこともあったので。まあ、それはそれで嬉しいのだけど。
ちなみに削除した文章のなかには「愚痴るなら とことん愚痴れ ミクシィで」という一句が含まれていたことだけは、ココにも記しておこうと思う。

と、あやうく本題に触れないまま終わってしまうところだった。

近年稀に見るインターバルの長さで映画館から足が遠のいていた今日この頃だったが、半ば自分のケツを叩くように「何か見なければ」と思い『ヤング@ハート』を見に行った。久々に映画観て涙した。
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# by hotel_rwanda | 2008-11-18 00:26 | MOVIE

スリーアウトチェンジ

先週は悲しい出来事が3つあった。

<新宿プラザ、閉館>
歌舞伎町の映画館、新宿プラザが閉館した。
俺が初めて‘社会人’になった最初の職場が同じ系列の「上野東宝」(これも数年前に閉館)で、ときどきヘルプで新宿プラザでも働いたことがあった。大スクリーンと1000を超える座席数。都内随一の劇場だった。
『ゴッドファーザー』3部作、『スターウォーズ』3部作、『タイタニック』、『アルマゲドン』etc。‘新プラ’の歴代動員数で上位にランクインしている作品を、この劇場で見た記憶は無い。学生時代は京都にいたし、SWも当時働いていた別の劇場で見た(そこならタダだったので)。とはいえ、新宿プラザで観た映画は数十本はある。でも、特に思い出に残っている作品は無い。更にここ数年は‘新宿プラザ系列’の作品が不作だったこともあって、新宿プラザに行くこと自体、年に2、3回程度になっていた。それでもシネコンが増えるにしたがって既存の映画館がどんどん閉館していくなか、映画ファンにとって「新宿プラザがある」ということは心の拠り所のようなものになっていたのではないでしょうか。というか俺がそうだった。

<筑紫哲也、死去>
筑紫さんが亡くなった。
別に会ったことがあるわけでもないが、筑紫さんは、きっと久米宏よりも木村太郎よりも鳥越俊太郎よりも謙虚な人だったのではないかと思う。根拠は無いが、なんとなく画面から伝わってくる雰囲気から、そんな感じがしていた。一方、オウム事件のときの「TBSは死んだ」発言に代表されるように、客観性と主観性を絶妙なバランスで保ちつつ、ジャナーリストとして「言うべきことは言う」姿勢。更にミスチルや椎名林檎や銀杏BOYZ(銀杏のときは筑紫さん休養中だったけど)が「NEWS23」に出演したときの、音楽番組では有り得ないような壮絶なパフォーマンス。あれらはまさに事件だった。
いっとき新聞記者(というかジャーナリスト)に憧れた時期もあった自分にとって、「ニュースを見る、読む、知る」ことの面白さを教えてくれたのが「NEWS23」であり、筑紫さんだった。

<ぴあ、リニューアル>
学生時代からつい数年前まで、いつでも映画館の上映スケジュールをチェックできるように、毎週「ぴあ」を買って常にカバンに入れて持ち歩いていた。他にも長年に渡り多彩な特集とインタビュー記事で、音楽・映画・演劇その他いろんなことを知る‘きっかけ’を「ぴあ」からもらっていた。が、ここ最近はジャニーズ系や韓流系の記事が増えてめっきりつまらなくなった。そして知らぬ間にカバンに持ち歩くことを止め、買うのもせいぜい数週間に一度になった。そんな「ぴあ」が売上不振のために最新号で大幅リニューアルし、週刊から隔週刊になった。そして。

「オフシアタースケジュール」のコーナーが無くなってしまった。
六本木やお台場のシネコンと同時に、京橋フィルムセンターやアテネフランセの上映スケジュールをまとめてチェックできる唯一のメディアだったのに。
「ライブハウススケジュール」のコーナーも無くなってしまった。
東京ドームや武道館で開催される大物アーティストのライブ情報から、アマチュアバンドを4~5組揃えて毎日ライブをやっているような小さなライブハウスまで、その両方のスケジュールを網羅していた唯一の雑誌だったのに。初めて組んだバンドで初めてライブハウスに出演したとき、このコーナーに小さく掲載された自分のバンド名を発見したときの感動は今も忘れない。そんな(元)バンドマンはきっと俺だけじゃないはずだ。
他にもつまらん記事が増えた代わりに「ぴあ」のアイデンティティだったような情報が一気に無くなった。ここはひとつ、筑紫さんを追悼しつつ「‘ぴあ’は死んだ」と言いたい。

同じ頃、海の向こうでは「CHANGE」を合言葉に歴史的な新しい大統領が誕生した。今年春、「筑紫哲也NEWS23」としては最後の放送となった日、「多事争論」の最終回で筑紫さんが掲げた言葉は「変わらぬもの」だったことを思い出す。

まあ、ありきたりな言い方をするなら、3つとも「時代が終わった、変わった」だけのハナシなんだろうけど、やっぱり寂しいし、悲しい。

変わるざるをえないもの、変えるべきもの、変えてはならないもの、そこらへんを自分の私生活でも見極めていきたい。
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# by hotel_rwanda | 2008-11-10 01:07 | DAYS
レディオヘッドとか清原とか中村達也とか、映画以上にデッカイ出来事が続いていたので後回しになっていたけれど、「トウキョウソナタ」以降も一応ちょこちょこと映画を観ていたので手短に感想らしきものをまとめて書いておこうと思う。

『闇の子供たち』@新宿ミラノ 
ウワサには聞いていたけれど確かにヘビーだった。
賛否両論?の主人公のオチ(過去)については、「衝撃」を求めてこの映画を観に来るお客さん達(実際この夏はそんなお客さんで劇場が溢れかえったらしい)をも告発する意味で、ああいう形にしたのでしょう。でもなあ、もうちょっと他の手はあったのではなかろうか。いずれにしても数少ない「見るべき映画」だった。

『ウォンテッド』@新宿ピカデリー
リニューアルした新宿ピカデリーで初めて映画を観る。久々のシネコン。混雑していたために‘通路側’の席を確保できず、両サイドをカップルに挟まれて鑑賞。そして悲劇は起きた。映画の半分過ぎたあたりから猛烈に尿意を催す。こういう事態に備えて普段は(途中でトイレに行けるように)通路側の席に座るのに、手荷物を席の前にたくさん置いているカップルの前を上映中に横切るのは気分的にも物理的にもほぼ不可能。もう映画の内容なんて途中からどうでもよくなって、はよ終わってくれ、としか考えていなかった。ようやくエンドロールに入って、慌てて席を離れようとしたら隣の女性の足を思いっきり踏んでしまった。だからシネコンは嫌だ。

『TOKYO!』@渋谷シネ・アミューズ
ポン・ジュノ、ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、3人の鬼才による東京を舞台にしたオムニバス。レオス・カラックスの「メルド」が素晴らしかった。今年邦画で一番ダイナミックな作品は『片腕マシンガール』だったと思うけど、洋画では断トツでコレ。映画でもライブでも、あまりにもぶっ飛んだモンを観ると驚きを超えて笑えてくることがあるが、どちらもそんな映画だった。理屈や説明を吹っ飛ばすエネルギーに満ち溢れている。ぶっ飛び過ぎてて、ジュノとゴンドリーの作品が‘ごくフツー’に見えた。

未だに『イントゥ・ザ・ワイルド』『トウキョウソナタ』の余韻が抜けない。そのせいか最近あんまり映画を観ていない。でもようやく正しいペースになったのかもしれない。

ということで何事も無かったかのようにここ一ケ月ほどに観た映画について書きましたが、これが新しい部屋で記すブログ、一発目。
せっかく大袈裟に「引っ越し前最後」のブログを書いたので、一応「一発目」として、それらしいことを書いておこうと思います。

今の部屋に引っ越してきてはや10日が過ぎた。

入居2日目に、オートロックにも関わらず鍵置いたまま外に出てしまって我が家へ不法侵入。一人暮らし10年目にして初めてベッドを買ったのだけど配置に猛烈にアタマを悩ます。自分の身長くらいのCDラックを買ったのだが、転倒防止のネジやら何やらがウマイこといかず地震(で倒れるの)が怖くて仕方が無い。長年使っている洗濯機のホースが蛇口にうまいことハマらず噴水状態で洗濯できない。

などなど問題は山積み。であるが、やっぱり新しい部屋というのはココロが洗われる。
今まで住んできた部屋は1Fばかりだったけど、今回は6Fで、ベランダから都庁とか東京タワーが見える。昔から「夜景見ながら好きな曲聞いてしみじみ」というのに憧れていて、それができるのはイイのだが、勢い余ってそこに「タバコ吸いつつ」というのまでくっついてきてしまった。引越を機に今度こそ完全に禁煙するつもりだったのに。

ちなみに「引越直後のベランダから夜景見ながら聞く曲」、いろいろ試してみたがブルーハーツの「1001のバイオリン」が断トツでNO1だった。(こんな歌詞
ストリングスのアレンジ、切なさと力強さ、何かが終わりつつも何かが始まりそうな感じ。
どれも今の気分にピッタリ。新しい部屋でも「おもしろいことをたくさんしたい」と思う。
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# by hotel_rwanda | 2008-11-06 00:08 | MOVIE

Like a Rolling Stone

まもなく、3年半住んだ今の部屋を離れて、東京生活で5軒目の部屋に引越をする。大学卒業してからの7年半で5つ目。しかもこの間、狙ったわけじゃないのに住所が杉並区→中野区→杉並区→中野区と変わって、次は案の定、杉並区。自分で自分に「何がしたいんだオマエは」とツッコミたい。振り返れば、大学時代も引越貧乏だったから、高校卒業と同時に実家を離れて以来約12年間で8つの部屋を移り歩いたことになる。これはもう‘引越病’と言ってもいいかもしれない。

元を辿れば小学校でも中学校でも‘転校生’だった。
‘元・転校生’の人間は、「永遠に続くものなんて何も無く、何事にもいつか終わりや別れが訪れる」みたいな、独特の諦念というか価値観を強く持つ傾向にある、みたいなハナシを聞いたことがある。で、妙に納得した記憶がある。かといってそれは「何をやっても長続きしない」というのとも違う。むしろ自分に限って言えば「一度始めたら根気強く続ける」方だと思う。(まあ仕事(会社)は別として。)でも、確かに何するにしても「一体いつまで続くんだろう」と思いがちなのも否定はできない。

「ココではないどこか」という言葉はあまり好きじゃない。っつうかむしろ嫌い。でも住まいにしても職場にしても、知らぬ間にそういう感覚がカラダにこびりついてしまっているのかもしれない。やっぱり「石の上にも3年」で「継続は力なり」だとは思うのだけど。

このブログは元々「『ホテル・ルワンダ』日本公開まで続ける活動日誌」として2005年の初夏に始まり、その後「ホテルワ」の公開決定(&その後のすったもんだ)を経て、更に一年間のブランクを経て、2008年より「エイガミタイナマイニチ」として復活しました。つまり、ちょうど今の部屋に引っ越してきた直後にこのブログが始まり、「ハイツあかしや(今のアパートの名称)混沌の3年半」が幕を明けたことになります。

この3年半の間に、就職を2回、退職を1回、バンド活動を2回、失恋を1回、アルバイトを数え切れない程、経験した。今までのミズキユータの人生で一番スポットライトが当たったのはホテルワ絡みでテレビや雑誌の取材を受けたときで、この部屋だった。そして同じく今までの人生で一番のどん底を経験したのも、この部屋だった。そんなわけで、この部屋を出るということには感慨深いもんがある。

引越の準備をしつつ、いろんな懐かしいモノ、ずっと大事に保管してきたモノをガンガン捨てている。西暦2008年現在、人類は、テクノロジーは、未だ「生まれ変わる」という技術を発明していないけど、「お引っ越し」こそがソレに一番近い手段だと思う。毎度そう思う。

引越の度に「Like a Rolling Stone」を思い出す。そしてその流れで日本語のことわざで「転がる石にはコケが生えない」みたいな言葉を小学校か中学校で習ったことを思い出す。更にその言葉にはイイ意味、悪い意味、2つの意味があったことも思い出す。

いい機会なので改めてネットで調べてみた。

「転石苔を生せず」
意味(1) 職業を転々としている人は、金が身につかない。
意味(2) 活発に活動を続けていれば、時代に取り残されることは無い。

今んところ自分には(1)も(2)も当てはまっていると思う。これからは(2)だけにしていきたい。

3年半、このカオス部屋に遊びにきてくれた皆さま、ありがとうございました。
っつうことで「ハイツあかしや101号」で記すブロブもこれが最後。

なんか‘最終回チック’ですが、このブログは終わりません。。。
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# by hotel_rwanda | 2008-10-25 01:04 | DAYS

Radiohead Japn Tour  2008

The Birthday&中村達也ライブの熱も冷めやらぬまま、Radioheadを見に行った。

元々チケットを取っていたのは‘さいたまスーパーアリーナ’の分で、その1回行けば十分だと思っていたのだけど、追加公演が決まって、その会場が会社のすぐ近くの国際フォーラムで、さいたまのスタンディングと違って、じっくり指定席で見られるし、しかも長いワールドツアーのファイナルだし、っつうことで、結局追加公演も観に行ってしまった。5日間でレディオヘッドライブを2回も!なんて贅沢なんだ!バチあたるんちゃうか。まあ、この夏働きまくった自分への誤報日、もとい、ご褒美としておこう。(会社からは何のご褒美もくれないので。)

mixiミュージックの再生TOPアーティストランキングによると、俺がインストールをした2008年2月以来、我がi-podで最も数多く再生されたのがRadioheadの曲らしい。ちなみに2位がTBSラジオ(のポットキャスト。意外。)、3位がミスチル、4位がThe Birthday、5位がPrimal Screamとのこと。確かに2008年になってから、仕事が特にヘビーな時期が2回あって、そんなときは決まってレディオヘッドを聞いていた。例えばイライラしているとき、そのイライラを落ち着かせてくれるタイプの音楽もあるだろうけど、レディへの場合は落ち着かせるんじゃなくて、イライラのネガティブなパワーをそのまんまポジティブなそれに変換してくれている気がする。

彼等の最新作「In Rainbows」には、過去の数々のアンセム(ちなみにCreepは個人的にはレディヘ全楽曲の中で6番目くらいに好きです)に匹敵するような超キラーチューンがあるかというと、微妙だと思う。でも1枚のアルバムとしては「OKコンピューター」と並んで1番好き。ボケッと何気なく歌詞カードを読んでいると、このアルバムには怒りとか後悔とか絶望とかが満載のようにも思える(っつうかいつものことか)。でも今回は、実際の音に乗せて、そういったものをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせているうちにだんだん光が見えてくるような。まさにレインボーというような。「Kid A」以降の3作では感じられなかった‘暖かさ’があるのではないでしょうか。

と、この調子だとアルバム「In Rainbows」の感想になってしまうので、ハナシをライブに戻します。(詳しくはコチラコチラをご覧頂くのがよろしいかと思います。)

Radioheadは同じツアー中でも毎回セットリストを変えてくる。これまでいろんなアーティストを見に行ったけど、どっちかっつうとセットリストはツアー中ほとんど同じ、という人達の方が多かった。ましてRadioheadこそ、一番綿密に、緻密に、曲順を決めて、一度決めたからにはツアー中はずっとそれで!というタイプのような気がしていた。が、むしろ逆。今回は2回見に行ったけど、それぞれ全然曲目違っていて感動。

それにしてもCD聞いていたら他のどのバンドよりもテクノロジーを駆使しているようなイメージなのに、実際ライブを見たら他のどのバンドよりも‘これぞバンド’っぽい佇まいで、すごく肉体的で、生々しかった。音はもちろんメンバーそれぞれが2個以上楽器を駆使するその佇まいがカッコ良すぎだった。しかしライジングサンとレディへを頼りに(楽しみに待つことで)なんとか毎日過ごしてきたこの数ヶ月だけれど、両方終わってしまった。この先どうしよう。
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# by hotel_rwanda | 2008-10-16 01:05 | MUSIC

Weekend Lovers@Zepp Tokyo

チバユウスケと中村達也が中心となって、DJや対バン呼んで、全国を廻るツアー「Weekend Lovers」が、6年振りに開催された。そのZepp Tokyo公演を観にいった。6年前はまだミッシェルも解散してなくて、チバはROSSOを立ち上げたばかりで…

と、この調子で書いていたらまた長くなりそうだし面倒なので、「チバ、達也、俺の6年間の想い出」は割愛。

毎年、年に数回中村達也がらみのライブを見に行っているけど、個人的には今年はこれで見納め。2008年の中村達也は凄まじかった。

‘二束の草鞋’どころか、TWIN TAIL、FRICTION、JOY HEIGHTS、Entity Of Rude、LOSALIOS、と‘バンド5個かけもち’状態。しかもどのバンドも、メンバーがツワモノ揃い。そしてここ数年音源のリリースが全く無くてどのバンドもライブでしか観られない、聞けない状態だったのに、遂にアルバムを2枚リリース。

チバもベンジーも吉井和哉も、みんな好きだけど、彼等の音楽に触れるとき、どうしても‘あの頃(今は無きかつて彼等が在籍したバンドの最盛期)’のことがアタマをよぎってしまう。が、達也の場合はとにかく突っ走りまくっているので、それが全く無い。むしろ付いていくので精一杯。ロッキンオンジャパンが今一番取材すべきなのは中村達也だと思うのだけど。

ところで。チバユウスケ作詞作曲でパフィーに楽曲提供した「君とオートバイ」という曲があるのですが(ドラムは中村達也が担当!)、ご存知の方いらっしゃいますか。
前から誰かに言いたかったのだけど、そんな機会も無かったのでココで言ってみますが、あの曲、The Birthdayも含めて、近年チバが書いた曲の中でトップ5に入るくらい好き。いつかカバーして欲しい。てかThe Birthdayでもあんなタイプの曲をもっとやって欲しい。
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# by hotel_rwanda | 2008-10-12 23:18 | MUSIC
清原引退について書いた途端、このブログへのアクセス数が2倍以上になった。やっぱすげえな番長は。mixiと違って、どんな人がどんな経緯でココに辿り着いたのかは詳しく分からないけれど、分からない分イロイロ想像できてオモシロイ。

そんなことより、いっこうに、追いつかない。

清原引退試合以降、「The Birthday×中村達也ライブ」「Radioheadライブ」「キング・オブ・コント」と、書きたいことが溜まっていくばかりで未だに書けていない。映画も前回書いた「イントゥ・ザ・ワイルド」以降、3本見に行って、これまたどれも語りたくなる作品ばかり。追いつかない、と言えば、2週間後に迫った3年半振りの‘お引っ越し’も時間ばかり過ぎて準備が全然追いつかない。そしてそんなときに限ってまた仕事が忙しくなってきた。

まあ焦らず順番に書いていこうと思う。

『トウキョウソナタ』を見に行ってはやいもんで2週間が過ぎようとしている。アレ以来、不意にこの映画のことを思い出してしまう瞬間が日常生活の合間で多々ある。本当に素晴らしい映画だったと思うのだけど、こうも慌しい日々の中だと2週間前に観た映画について、まして他にもネタが溜まっている状況で、明日も当然ながら仕事で7時前には起きねばならんなかで、深夜1時から書き連ねられることは限られている。

ので、簡潔に。

香川照之扮する「お父さん」の子供に対する叱り方・怒り方が、昔のウチの父親に似ていて切なくもおかしかった。

黒沢清だけに、もっとブッ飛んだ映画を期待している自分も否定はできない(ブッ飛び具合は「ロフト」や「叫」の方が上だと思う)。けれど、こんなにもリアルでファンタジックで恐ろしくて笑えて感動的な映画は近年無かったとも思う。

2週間経った今だからこそ感じるのは、映画の力を信じている人、映画を本当に愛している人が、映画を作るとこういう作品になるのだなあ、ということ。逆に言うと、如何にそうでない人が作っている映画(特に邦画)が多いことか。

他にも言いたいことあったのだけど、この2週間で3回ほど『トウキョウソナタ』の素晴らしさについて語り合う機会があったので(冷静に考えるとそれ自体凄いことだ)、それで満足。何かを共有できる、というのはスバラシイ。
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# by hotel_rwanda | 2008-10-10 01:48 | MOVIE
e0011583_056043.jpg 「甲子園は清原のためにあるのか」という伝説の実況が流れていた当時、自分は6歳だったはずだ。‘甲子園の清原’をテレビで見た記憶は無い。でも小学校に入学し、気がついたら清原のファンになっていた。理由は分からない。西武ライオンズのファンクラブに入会して、しょっちゅう試合を見に行った。数年後、自分も清原に、プロ野球選手に憧れて、野球を始めた。
 更に数年後、野球選手になるような才能が自分には無いことを悟った。が、‘清原熱’は更に高まり、清原の成績を1球ごとに大学ノートに記入して、新聞記事のスクラップを始めた。
 更に更に数年後、清原はライオンズからジャイアンツの選手になった。自分も大学生になった。かつて野球選手が夢だったなんて、その事実自体がユメのようになって、今度は映画監督に憧れるようになった。それでもやっぱり清原が好きで、学生時代を過ごしたボロアパートの壁はスポーツ報知の一面を飾る清原の姿で埋め尽くされた。
更に更に更に数年後…(以下省略)。

というわけで、よくもまあ20年近くも同じ一つのことを好きでい続けられたと思う。理由は分からない。でも理由も分からずに好きになることほど強烈なことは無い。

数少ないこのブロクを読んでくれている方々の中で「清原バナシ」にどれだけの人がどれだけのテンションで付き合って頂けるのか分かりません。ので、手短に清原の魅力について書いてみます。意味不明なキーワードはウィキペディアか何かで調べてください。


「エースで4番」の高校時代。「KK伝説」の始まり。桑田と清原を引き裂く「運命のドラフト」、ジャイアンツからの裏切り。西武入団、初安打初ホームラン。新人の年にオールスターでMVP.日本シリーズ、ジャイアンツ戦勝利目前での涙。日本シリーズ、桑田から2打席連続ホームラン。FA宣言、憧れのジャイアンツへ。桑田‘奇跡のカムバック’試合で、清原が巨人移籍後初ホームラン。巨人オーナーからの「いないほうがイイ」発言。ファンからの応援ボイコット。七夕代打復活アーチ。巨人戦力外通告、ふたたびジャイアンツからの裏切り。オリックス入団。代打逆転満塁アーチ。引退表明。出会いから23年、桑田と2人っきりの練習。そして2008年10月1日、「運命のドラフト」と「引退試合」を繋いだ王監督からの花束贈呈。等々。

清原はとにかくドラマチックだった。もしそれが映画だったら「いくら映画だからってハナシがデキすぎやろ」っつうようなことを現実の世界で次々と起こしてきた。映画というよりは漫画の主人公のようだった。

コーチや監督を抜きにすれば、大抵野球選手の現役生活は20年程で終わる。その20年間でこれほどまでに天国(栄光)と地獄(屈辱)の両方を味わった選手はそういない。その振れ幅の大きさは長嶋も王もイチローも及ばない。(彼等には清原が味わった程の屈辱や絶望は無かったと思う。)そしてこれほど「怒り」と「涙」を派手に披露し続けた選手もいなかっただろう。西武時代のロッテ平沼への伝説のバット投げ&飛び蹴り乱闘。阪神藪との死闘。「しばいたいる」発言。ドラフトでの涙に、対巨人日本シリーズでの涙、「大魔神佐々木」の引退登板では佐々木が泣いていないにも関わらず、まだ引退しないバッターボックスの清原が号泣していた。そんな人間臭さこそが清原の最大の魅力だった。

そんなことをアレコレ考えながら、大阪にて清原最後の試合を見届けた。見ているこちらがずっと泣きっぱなしだった。

今シーズン、清原は8月の引退表明後に出場した試合のほとんどで「代打で三振」に終わった。そして現役最終打席も見事な空振り三振だった。

プロ野球選手を夢見ていた小中学生の頃、残念ながら野球センスが無かった自分はレギュラーには手が届かず、たまに試合に出る機会があっても「代打で三振」がお約束だった。清原引退試合で、すっかり記憶の底に封印していたそんなしょうもないことまで思い出してしまった。
そしてまた泣けた。

試合後の引退セレモニーでの清原の挨拶。
ヒロイズムに耽るでもなく、無理に‘ウマイこと’を言うわけでもなく、ただただひたすらシンプルに「感謝」の想いを連ねていく。「タモリの弔辞」と並んで「今年最も心を打った挨拶」なのではないかと思う。

というわけで、1000円のチケットをヤフオク5000円で落札し、大阪への往復交通費が約2万、記念グッズを6000円分くらい買ったので「男の花道 清原和博引退試合」に3万円ほど費やした計算になるが、カネじゃ買えないもんを味わった。そして何かを好きであり続ける、っつうのは素晴らしいことなんだと実感しました。夏休みの思い出、終わり。
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# by hotel_rwanda | 2008-10-07 01:02 | DAYS
実際に観るまで『イントゥ・ザ・ワイルド』に対してはあまり良い印象を持っていなかった。監督のショーン・ペンは役者としても映画監督としても好きだったけど、「裕福な家庭に育った優等生の若者が全てを捨ててアラスカを目指し‘自分探し’の旅に出る、その実話の映画化」という題材には全く興味をそそられなかった。

いつからか‘自分探し’っつう言葉に過剰に嫌悪感を抱くようになっていた。ナゼだろう。
学生ならともかく、イイ年こいて堂々とソレを宣言しちゃうのってカッコイイことではなくてむしろカッコ悪いことだと思うのだけど、中田英とか高橋歩(自分探し業界のカリスマ、らしい。読んだことはないが渋谷ツタヤ最上階行くと嫌でも特設コーナーが目に入る)ファンの人はそこんところ、どう思っているのでしょうか。自分探しをしている自分こそが自分であって、別にわざわざ探さなくても見つかってるんじゃなかろうか。(と言いつつ自分で言っていて意味分からなくなってきた。)

そんなわけで『イントゥ~』も、結局カネ持ちの道楽旅行映画だろうなあ、と期待していなかった。が、やっぱりショーン・ペンだし、やたら評判がイイので見に行くことに…。



素晴らしかった。

これが実話かフィクションかは関係ない。ここまで作り手(ショーン・ペン)と、主人公の魂がスクリーンに強烈に焼きついている映画は最近見た記憶が無い。
ロードムービーでもなければ自分探し映画でもなく、青春映画として傑作。
確かにアノ主人公の‘哲学’は捉えようによっては甘い。物質&消費社会の中で会社や家族に属しながら社会の一員として生きていく事は、アラスカの大自然の中でたった一人で生きていくことと同じか、それ以上に過酷なことだ。そして尊いことだ。
でもそのことに気付かない、気付きたくなくて、「そんな腐った現実まっぴらゴメンだぜ!」と背を向けて、‘旅に出てしまう’のが青春っつうもんだと思う。たとえば10年後の自分が振り返ったときに「ああ、あのときはクダらねえことに真剣に命かけて悩んでたなあ」と笑いながら懐かしむことができたなら、それは青春っつうもんだと思う。でも、この映画の主人公は‘10年後に振り返る’ことなどできない。それが切ない。


この映画の主人公と同じ22歳の頃、‘ルワンダの土を踏む’というだけの目的で2週間ほどアフリカを放浪したことがある。更にその3年前、19歳の頃、大学を辞めるつもりで、当時住んでいた京都から目的地も無くママチャリでひたすら西を目指した。結局岡山まで行って、そこから思いつきで四国に渡り、四国をヒッチハイクで1周した。アノ頃の自分に、それが‘自分探し’だったなんて客観的に分析する余裕は無かったけど、いま、29歳のミズキユータを形成しているもんの根っこは間違いなくあの2つの旅にある。そして恐れ多くも思い切って言うならば『イントゥ~』の主人公と‘19歳&22歳のオレ’は同じ穴のムジナだったと思う。

ひょっとしたら‘自分探しの旅’っつう言葉に反応してしまうのは、実は未だにそういう旅への憧れが無意識にあるからかもしれない。とっくに‘自分’なんてもんは見つけていたつもりだけど。

何かまとまりつかないままエラい焦って今回の日記を書いてしまった。その理由はというと、
今夜、夜行バスで大阪に行くので、あと30分程で家を出発しなかればならない。明日の清原和博引退試合を見るために。

今日に至るまで、映画よりもロックよりもタコの刺身よりも、自分の人生において‘好き’な期間が長いのが、清原。

とりあえず落ち着いたら『イントゥ・ザ・ワイルド』はもう一回見たい。
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# by hotel_rwanda | 2008-09-30 20:55 | MOVIE
原作を読んだことは無いけれど「日本映画史上空前の制作費&かつてない壮大なスケール」と言われちゃあ、とりあえず見ないわけにはいかない!
ということで『20世紀少年』を見に行った。

イマイチだった。むっちゃくちゃ長い予告編を見ていた感じ。
「もともと3部作のうちの第1部だから」と言われたらそれまでだが、『ロード・オブ・ザ・リング』は一作目でも、きちんと1本の映画として成立していたと思う。アレと比べちゃピーター・ジャクソンに失礼かもしれないけど。

具体的に何がどうイマイチだったかを書くよりは、『イン・トゥ・ザ・ワイルド』と『トウキョウソナタ』がいかに素晴らしかったかを書くことに時間と労力を費やしたい。
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# by hotel_rwanda | 2008-09-28 13:44 | MOVIE