ミズキユウタ30歳による、映画や音楽やお笑い芸人やその他イロイロについて思ったことと&何気ない日常を綴るブログです。


by hotel_rwanda
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Like a Rolling Stone

まもなく、3年半住んだ今の部屋を離れて、東京生活で5軒目の部屋に引越をする。大学卒業してからの7年半で5つ目。しかもこの間、狙ったわけじゃないのに住所が杉並区→中野区→杉並区→中野区と変わって、次は案の定、杉並区。自分で自分に「何がしたいんだオマエは」とツッコミたい。振り返れば、大学時代も引越貧乏だったから、高校卒業と同時に実家を離れて以来約12年間で8つの部屋を移り歩いたことになる。これはもう‘引越病’と言ってもいいかもしれない。

元を辿れば小学校でも中学校でも‘転校生’だった。
‘元・転校生’の人間は、「永遠に続くものなんて何も無く、何事にもいつか終わりや別れが訪れる」みたいな、独特の諦念というか価値観を強く持つ傾向にある、みたいなハナシを聞いたことがある。で、妙に納得した記憶がある。かといってそれは「何をやっても長続きしない」というのとも違う。むしろ自分に限って言えば「一度始めたら根気強く続ける」方だと思う。(まあ仕事(会社)は別として。)でも、確かに何するにしても「一体いつまで続くんだろう」と思いがちなのも否定はできない。

「ココではないどこか」という言葉はあまり好きじゃない。っつうかむしろ嫌い。でも住まいにしても職場にしても、知らぬ間にそういう感覚がカラダにこびりついてしまっているのかもしれない。やっぱり「石の上にも3年」で「継続は力なり」だとは思うのだけど。

このブログは元々「『ホテル・ルワンダ』日本公開まで続ける活動日誌」として2005年の初夏に始まり、その後「ホテルワ」の公開決定(&その後のすったもんだ)を経て、更に一年間のブランクを経て、2008年より「エイガミタイナマイニチ」として復活しました。つまり、ちょうど今の部屋に引っ越してきた直後にこのブログが始まり、「ハイツあかしや(今のアパートの名称)混沌の3年半」が幕を明けたことになります。

この3年半の間に、就職を2回、退職を1回、バンド活動を2回、失恋を1回、アルバイトを数え切れない程、経験した。今までのミズキユータの人生で一番スポットライトが当たったのはホテルワ絡みでテレビや雑誌の取材を受けたときで、この部屋だった。そして同じく今までの人生で一番のどん底を経験したのも、この部屋だった。そんなわけで、この部屋を出るということには感慨深いもんがある。

引越の準備をしつつ、いろんな懐かしいモノ、ずっと大事に保管してきたモノをガンガン捨てている。西暦2008年現在、人類は、テクノロジーは、未だ「生まれ変わる」という技術を発明していないけど、「お引っ越し」こそがソレに一番近い手段だと思う。毎度そう思う。

引越の度に「Like a Rolling Stone」を思い出す。そしてその流れで日本語のことわざで「転がる石にはコケが生えない」みたいな言葉を小学校か中学校で習ったことを思い出す。更にその言葉にはイイ意味、悪い意味、2つの意味があったことも思い出す。

いい機会なので改めてネットで調べてみた。

「転石苔を生せず」
意味(1) 職業を転々としている人は、金が身につかない。
意味(2) 活発に活動を続けていれば、時代に取り残されることは無い。

今んところ自分には(1)も(2)も当てはまっていると思う。これからは(2)だけにしていきたい。

3年半、このカオス部屋に遊びにきてくれた皆さま、ありがとうございました。
っつうことで「ハイツあかしや101号」で記すブロブもこれが最後。

なんか‘最終回チック’ですが、このブログは終わりません。。。
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by hotel_rwanda | 2008-10-25 01:04 | DAYS

Radiohead Japn Tour  2008

The Birthday&中村達也ライブの熱も冷めやらぬまま、Radioheadを見に行った。

元々チケットを取っていたのは‘さいたまスーパーアリーナ’の分で、その1回行けば十分だと思っていたのだけど、追加公演が決まって、その会場が会社のすぐ近くの国際フォーラムで、さいたまのスタンディングと違って、じっくり指定席で見られるし、しかも長いワールドツアーのファイナルだし、っつうことで、結局追加公演も観に行ってしまった。5日間でレディオヘッドライブを2回も!なんて贅沢なんだ!バチあたるんちゃうか。まあ、この夏働きまくった自分への誤報日、もとい、ご褒美としておこう。(会社からは何のご褒美もくれないので。)

mixiミュージックの再生TOPアーティストランキングによると、俺がインストールをした2008年2月以来、我がi-podで最も数多く再生されたのがRadioheadの曲らしい。ちなみに2位がTBSラジオ(のポットキャスト。意外。)、3位がミスチル、4位がThe Birthday、5位がPrimal Screamとのこと。確かに2008年になってから、仕事が特にヘビーな時期が2回あって、そんなときは決まってレディオヘッドを聞いていた。例えばイライラしているとき、そのイライラを落ち着かせてくれるタイプの音楽もあるだろうけど、レディへの場合は落ち着かせるんじゃなくて、イライラのネガティブなパワーをそのまんまポジティブなそれに変換してくれている気がする。

彼等の最新作「In Rainbows」には、過去の数々のアンセム(ちなみにCreepは個人的にはレディヘ全楽曲の中で6番目くらいに好きです)に匹敵するような超キラーチューンがあるかというと、微妙だと思う。でも1枚のアルバムとしては「OKコンピューター」と並んで1番好き。ボケッと何気なく歌詞カードを読んでいると、このアルバムには怒りとか後悔とか絶望とかが満載のようにも思える(っつうかいつものことか)。でも今回は、実際の音に乗せて、そういったものをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせているうちにだんだん光が見えてくるような。まさにレインボーというような。「Kid A」以降の3作では感じられなかった‘暖かさ’があるのではないでしょうか。

と、この調子だとアルバム「In Rainbows」の感想になってしまうので、ハナシをライブに戻します。(詳しくはコチラコチラをご覧頂くのがよろしいかと思います。)

Radioheadは同じツアー中でも毎回セットリストを変えてくる。これまでいろんなアーティストを見に行ったけど、どっちかっつうとセットリストはツアー中ほとんど同じ、という人達の方が多かった。ましてRadioheadこそ、一番綿密に、緻密に、曲順を決めて、一度決めたからにはツアー中はずっとそれで!というタイプのような気がしていた。が、むしろ逆。今回は2回見に行ったけど、それぞれ全然曲目違っていて感動。

それにしてもCD聞いていたら他のどのバンドよりもテクノロジーを駆使しているようなイメージなのに、実際ライブを見たら他のどのバンドよりも‘これぞバンド’っぽい佇まいで、すごく肉体的で、生々しかった。音はもちろんメンバーそれぞれが2個以上楽器を駆使するその佇まいがカッコ良すぎだった。しかしライジングサンとレディへを頼りに(楽しみに待つことで)なんとか毎日過ごしてきたこの数ヶ月だけれど、両方終わってしまった。この先どうしよう。
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by hotel_rwanda | 2008-10-16 01:05 | MUSIC

Weekend Lovers@Zepp Tokyo

チバユウスケと中村達也が中心となって、DJや対バン呼んで、全国を廻るツアー「Weekend Lovers」が、6年振りに開催された。そのZepp Tokyo公演を観にいった。6年前はまだミッシェルも解散してなくて、チバはROSSOを立ち上げたばかりで…

と、この調子で書いていたらまた長くなりそうだし面倒なので、「チバ、達也、俺の6年間の想い出」は割愛。

毎年、年に数回中村達也がらみのライブを見に行っているけど、個人的には今年はこれで見納め。2008年の中村達也は凄まじかった。

‘二束の草鞋’どころか、TWIN TAIL、FRICTION、JOY HEIGHTS、Entity Of Rude、LOSALIOS、と‘バンド5個かけもち’状態。しかもどのバンドも、メンバーがツワモノ揃い。そしてここ数年音源のリリースが全く無くてどのバンドもライブでしか観られない、聞けない状態だったのに、遂にアルバムを2枚リリース。

チバもベンジーも吉井和哉も、みんな好きだけど、彼等の音楽に触れるとき、どうしても‘あの頃(今は無きかつて彼等が在籍したバンドの最盛期)’のことがアタマをよぎってしまう。が、達也の場合はとにかく突っ走りまくっているので、それが全く無い。むしろ付いていくので精一杯。ロッキンオンジャパンが今一番取材すべきなのは中村達也だと思うのだけど。

ところで。チバユウスケ作詞作曲でパフィーに楽曲提供した「君とオートバイ」という曲があるのですが(ドラムは中村達也が担当!)、ご存知の方いらっしゃいますか。
前から誰かに言いたかったのだけど、そんな機会も無かったのでココで言ってみますが、あの曲、The Birthdayも含めて、近年チバが書いた曲の中でトップ5に入るくらい好き。いつかカバーして欲しい。てかThe Birthdayでもあんなタイプの曲をもっとやって欲しい。
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by hotel_rwanda | 2008-10-12 23:18 | MUSIC
清原引退について書いた途端、このブログへのアクセス数が2倍以上になった。やっぱすげえな番長は。mixiと違って、どんな人がどんな経緯でココに辿り着いたのかは詳しく分からないけれど、分からない分イロイロ想像できてオモシロイ。

そんなことより、いっこうに、追いつかない。

清原引退試合以降、「The Birthday×中村達也ライブ」「Radioheadライブ」「キング・オブ・コント」と、書きたいことが溜まっていくばかりで未だに書けていない。映画も前回書いた「イントゥ・ザ・ワイルド」以降、3本見に行って、これまたどれも語りたくなる作品ばかり。追いつかない、と言えば、2週間後に迫った3年半振りの‘お引っ越し’も時間ばかり過ぎて準備が全然追いつかない。そしてそんなときに限ってまた仕事が忙しくなってきた。

まあ焦らず順番に書いていこうと思う。

『トウキョウソナタ』を見に行ってはやいもんで2週間が過ぎようとしている。アレ以来、不意にこの映画のことを思い出してしまう瞬間が日常生活の合間で多々ある。本当に素晴らしい映画だったと思うのだけど、こうも慌しい日々の中だと2週間前に観た映画について、まして他にもネタが溜まっている状況で、明日も当然ながら仕事で7時前には起きねばならんなかで、深夜1時から書き連ねられることは限られている。

ので、簡潔に。

香川照之扮する「お父さん」の子供に対する叱り方・怒り方が、昔のウチの父親に似ていて切なくもおかしかった。

黒沢清だけに、もっとブッ飛んだ映画を期待している自分も否定はできない(ブッ飛び具合は「ロフト」や「叫」の方が上だと思う)。けれど、こんなにもリアルでファンタジックで恐ろしくて笑えて感動的な映画は近年無かったとも思う。

2週間経った今だからこそ感じるのは、映画の力を信じている人、映画を本当に愛している人が、映画を作るとこういう作品になるのだなあ、ということ。逆に言うと、如何にそうでない人が作っている映画(特に邦画)が多いことか。

他にも言いたいことあったのだけど、この2週間で3回ほど『トウキョウソナタ』の素晴らしさについて語り合う機会があったので(冷静に考えるとそれ自体凄いことだ)、それで満足。何かを共有できる、というのはスバラシイ。
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by hotel_rwanda | 2008-10-10 01:48 | MOVIE
e0011583_056043.jpg 「甲子園は清原のためにあるのか」という伝説の実況が流れていた当時、自分は6歳だったはずだ。‘甲子園の清原’をテレビで見た記憶は無い。でも小学校に入学し、気がついたら清原のファンになっていた。理由は分からない。西武ライオンズのファンクラブに入会して、しょっちゅう試合を見に行った。数年後、自分も清原に、プロ野球選手に憧れて、野球を始めた。
 更に数年後、野球選手になるような才能が自分には無いことを悟った。が、‘清原熱’は更に高まり、清原の成績を1球ごとに大学ノートに記入して、新聞記事のスクラップを始めた。
 更に更に数年後、清原はライオンズからジャイアンツの選手になった。自分も大学生になった。かつて野球選手が夢だったなんて、その事実自体がユメのようになって、今度は映画監督に憧れるようになった。それでもやっぱり清原が好きで、学生時代を過ごしたボロアパートの壁はスポーツ報知の一面を飾る清原の姿で埋め尽くされた。
更に更に更に数年後…(以下省略)。

というわけで、よくもまあ20年近くも同じ一つのことを好きでい続けられたと思う。理由は分からない。でも理由も分からずに好きになることほど強烈なことは無い。

数少ないこのブロクを読んでくれている方々の中で「清原バナシ」にどれだけの人がどれだけのテンションで付き合って頂けるのか分かりません。ので、手短に清原の魅力について書いてみます。意味不明なキーワードはウィキペディアか何かで調べてください。


「エースで4番」の高校時代。「KK伝説」の始まり。桑田と清原を引き裂く「運命のドラフト」、ジャイアンツからの裏切り。西武入団、初安打初ホームラン。新人の年にオールスターでMVP.日本シリーズ、ジャイアンツ戦勝利目前での涙。日本シリーズ、桑田から2打席連続ホームラン。FA宣言、憧れのジャイアンツへ。桑田‘奇跡のカムバック’試合で、清原が巨人移籍後初ホームラン。巨人オーナーからの「いないほうがイイ」発言。ファンからの応援ボイコット。七夕代打復活アーチ。巨人戦力外通告、ふたたびジャイアンツからの裏切り。オリックス入団。代打逆転満塁アーチ。引退表明。出会いから23年、桑田と2人っきりの練習。そして2008年10月1日、「運命のドラフト」と「引退試合」を繋いだ王監督からの花束贈呈。等々。

清原はとにかくドラマチックだった。もしそれが映画だったら「いくら映画だからってハナシがデキすぎやろ」っつうようなことを現実の世界で次々と起こしてきた。映画というよりは漫画の主人公のようだった。

コーチや監督を抜きにすれば、大抵野球選手の現役生活は20年程で終わる。その20年間でこれほどまでに天国(栄光)と地獄(屈辱)の両方を味わった選手はそういない。その振れ幅の大きさは長嶋も王もイチローも及ばない。(彼等には清原が味わった程の屈辱や絶望は無かったと思う。)そしてこれほど「怒り」と「涙」を派手に披露し続けた選手もいなかっただろう。西武時代のロッテ平沼への伝説のバット投げ&飛び蹴り乱闘。阪神藪との死闘。「しばいたいる」発言。ドラフトでの涙に、対巨人日本シリーズでの涙、「大魔神佐々木」の引退登板では佐々木が泣いていないにも関わらず、まだ引退しないバッターボックスの清原が号泣していた。そんな人間臭さこそが清原の最大の魅力だった。

そんなことをアレコレ考えながら、大阪にて清原最後の試合を見届けた。見ているこちらがずっと泣きっぱなしだった。

今シーズン、清原は8月の引退表明後に出場した試合のほとんどで「代打で三振」に終わった。そして現役最終打席も見事な空振り三振だった。

プロ野球選手を夢見ていた小中学生の頃、残念ながら野球センスが無かった自分はレギュラーには手が届かず、たまに試合に出る機会があっても「代打で三振」がお約束だった。清原引退試合で、すっかり記憶の底に封印していたそんなしょうもないことまで思い出してしまった。
そしてまた泣けた。

試合後の引退セレモニーでの清原の挨拶。
ヒロイズムに耽るでもなく、無理に‘ウマイこと’を言うわけでもなく、ただただひたすらシンプルに「感謝」の想いを連ねていく。「タモリの弔辞」と並んで「今年最も心を打った挨拶」なのではないかと思う。

というわけで、1000円のチケットをヤフオク5000円で落札し、大阪への往復交通費が約2万、記念グッズを6000円分くらい買ったので「男の花道 清原和博引退試合」に3万円ほど費やした計算になるが、カネじゃ買えないもんを味わった。そして何かを好きであり続ける、っつうのは素晴らしいことなんだと実感しました。夏休みの思い出、終わり。
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by hotel_rwanda | 2008-10-07 01:02 | DAYS