ミズキユウタ30歳による、映画や音楽やお笑い芸人やその他イロイロについて思ったことと&何気ない日常を綴るブログです。


by hotel_rwanda
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2006年 05月 21日 ( 1 )

というわけで、結局‘ルワ会’とはナンだったのか?

前回の‘まとめ1’を書いて以来、ずっとアレコレ考えていたのだが、いくら考えても一向にまとまらない。ので、周りの人から言われたことをちょっと思い出してみる。

「ホテル・ルワンダ」日本公開を求める会の結成当時、会のメンバーで実際にこの映画を見ていた人間はほとんどいなかった。もちろんその後すぐに、署名運動をやっていくにあたって輸入版のDVDをみんなで見ることになるのだけれど、公開決定以降いろんな方に‘ルワ会’のことを取材して頂いたが、‘そもそもは映画を見ていない状態からはじまった’ことを話すと結構驚かれた。で、驚く人っていうのは大抵ウチらが‘この映画を通して世の中に何かを訴えようとしている人たち’だと思っていたらしい。確かに映画の中身と、あんまりポップじゃない会の名前からして、そう思われてしまうのも無理はなかったのかもしれないけど、逆にこっちからしてみれば、驚かれることに驚いた。だって、そもそもは‘観ることができない映画を何とかして観ようとしている人たち’の集まりでしかなくて、で、それがたまたまルワンダ大虐殺を描いた映画だった、というだけのことだった。もちろんその映画を見たい理由は各々異なっていたとは思うけど。

でも結局のところ、振り返ってみれば、そんな‘シンプルさ’がルワ会の原動力だった気がする。ルワンダ大虐殺とか、日本の映画市場とか、複雑なものを相手にしていただけに、逆にそれが良かったのかもしれない。観たい映画があって、それが公開される予定が無くて、でもどうしても観たくて、で、どうせなら映画館で見たいし、せっかくならそれをいろんな人と共有したい。ただそれだけのことだった。

そこに集まってきた人、っていうのは結果的にはそれはもう、ホントに凄い顔ぶれだった。中心になって動いていたのは、サラリーマン、留年学生、ジャーナリスト、フリーター、OL、ライター、ウェブデザイナー、イラストレーターに編集マン。立場や身分はみんな違うけれど、それぞれがそれぞれのやり方で各々の時間と知識とコネをフル動員して、更にはネットならでは、なのかどうかはワカランけれど、‘幸福な偶然(必然?)の出会い’も幾つかあって、ルワ会は次第に盛り上がっていった。公開決定後のマスコミの取材で、やたら自分がクローズアップされる記事もあって、それは確かに‘そういうネタ’が揃っていたから仕方が無いというか、取り上げてもらえるだけで有難いことなのだけど、結局、‘公開を求める会’が‘組織として如何にオモロイ集団だったのか’ってな角度の記事はなかった気がする。取材の場でソレを充分に強調できなかった自分の責任もあるのだけれど。学生サークルのようなノリの勢い任せの部分と、30前後の立派な社会人が集まっているだけあっての(と言ってる自分はバリバリのフリーターだったけど)ちょっとした会社みたいな組織体制。そんななかで、悩んだり、盛り上がったり、怒られたり、励まされたり。あっという間に夏が過ぎた。そして日本公開が決まった。

 とはいえ、自分に言い聞かせるようにずっと言っていたのは、「ホテル・ルワンダ」の公開を求めている人すべてが‘ルワ会’の一員である、ということだった。署名をしてくれた人もそうでない人も、でっかい意味で「ホテル・ルワンダ」に関わった全ての人の存在があって、今がある。今コレを読んでいるキミ、アナタ、オマエが、どういうきっかけでこのブログに辿り着いたのかは存じ上げませんが、これ読んでいる人も言うなれば‘ルワ会’の一員ですよ。その全ての人に、ありがとうと言いたいわけです。感謝される筋合いは無い、という人もいるかもしれないけどさ。

 もともとが‘公開を求める会’だったので、公開が決まった時点で解散する、という選択択もあった。でも‘応援する会’として存続することになった。実際に名前ほどの‘応援’ができていたのかどうかは分からないけれど、そこにあったのも凄くシンプルな理由だった。
「どうせなら、ヒットしてほしい」
署名は全国から集まっていたから、少しでもヒットして、たくさんの地域で見られるようになってほしい、という気持ちもあった。署名を集めていた立場として、責任もあった。言うなれば、映画がヒットすることとか、作品が社会に与える影響よりも、署名をしてくれた人全員が、映画館で「ホテル・ルワンダ」を見ることが大事だった。まあ結局は、ヒットしないことには、公開規模も拡がっていかないのだけれど。

 結果的に、「ホテル・ルワンダ」は‘大ヒット’映画となりました。‘お客が来ないだろう’という理由で見送られていた映画がです。その理由は、作品としての質の高さとか、メディアの力とか、タイミングの良さとか、いろいろあるのかもしれないけれど、綺麗ごとかもしれないけれど、こう思いたい。

 映画ファン一人一人の‘想い’の結晶であると。

塵も積もれば山になったというか、少なくとも、ちょうど一年くらい前、各配給会社のホームページのラインナップから、あるはずもない‘公開予定「ホテル・ルワンダ」’の情報を探していた自分は、ホントに塵でしかなかった。んで、今も塵であることには変わらないのだけれど、少なくとも、今は一人じゃない。っつうか元々一人だったわけじゃあないのだ。あちらこちらにいた‘1人’が集まって、10人になって、100人になって、んで、映画を見た人は数万人になった。同じ感覚の人はそれこそ山ほどいるのだろう。

 なんだか発泡酒の酔いが回ってきて収拾つかなくなってきたので、このぐらいにしておこうと思います。
 ほろ酔い加減で言うのも失礼だとは思いますが、最後に改めて、映画「ホテル・ルワンダ」に関わった全ての日本人、ありがとう。
 そして最後に、町山智浩さん、鈴木すずきちさん、感謝の言葉を言いたい人はホントにキリが無いのですが、このお二人の存在がなかったら、今のこの日本での「ホテル・ルワンダ」を取り巻く状況は無かったと思います。本当にありがとうございました。

 というわけで、「ホテル・ルワンダ」公開まで続ける活動日誌、これにて終了!

 と思ったでしょ。もう1回だけ書きます。書かせてください。書かなきゃならんのです。自分のために。

 次回、今度こそホントにホントの最終回。
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by hotel_rwanda | 2006-05-21 23:29 | 『ホテル・ルワンダ』活動日誌