ミズキユウタ30歳による、映画や音楽やお笑い芸人やその他イロイロについて思ったことと&何気ない日常を綴るブログです。


by hotel_rwanda
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スリーアウトチェンジ

先週は悲しい出来事が3つあった。

<新宿プラザ、閉館>
歌舞伎町の映画館、新宿プラザが閉館した。
俺が初めて‘社会人’になった最初の職場が同じ系列の「上野東宝」(これも数年前に閉館)で、ときどきヘルプで新宿プラザでも働いたことがあった。大スクリーンと1000を超える座席数。都内随一の劇場だった。
『ゴッドファーザー』3部作、『スターウォーズ』3部作、『タイタニック』、『アルマゲドン』etc。‘新プラ’の歴代動員数で上位にランクインしている作品を、この劇場で見た記憶は無い。学生時代は京都にいたし、SWも当時働いていた別の劇場で見た(そこならタダだったので)。とはいえ、新宿プラザで観た映画は数十本はある。でも、特に思い出に残っている作品は無い。更にここ数年は‘新宿プラザ系列’の作品が不作だったこともあって、新宿プラザに行くこと自体、年に2、3回程度になっていた。それでもシネコンが増えるにしたがって既存の映画館がどんどん閉館していくなか、映画ファンにとって「新宿プラザがある」ということは心の拠り所のようなものになっていたのではないでしょうか。というか俺がそうだった。

<筑紫哲也、死去>
筑紫さんが亡くなった。
別に会ったことがあるわけでもないが、筑紫さんは、きっと久米宏よりも木村太郎よりも鳥越俊太郎よりも謙虚な人だったのではないかと思う。根拠は無いが、なんとなく画面から伝わってくる雰囲気から、そんな感じがしていた。一方、オウム事件のときの「TBSは死んだ」発言に代表されるように、客観性と主観性を絶妙なバランスで保ちつつ、ジャナーリストとして「言うべきことは言う」姿勢。更にミスチルや椎名林檎や銀杏BOYZ(銀杏のときは筑紫さん休養中だったけど)が「NEWS23」に出演したときの、音楽番組では有り得ないような壮絶なパフォーマンス。あれらはまさに事件だった。
いっとき新聞記者(というかジャーナリスト)に憧れた時期もあった自分にとって、「ニュースを見る、読む、知る」ことの面白さを教えてくれたのが「NEWS23」であり、筑紫さんだった。

<ぴあ、リニューアル>
学生時代からつい数年前まで、いつでも映画館の上映スケジュールをチェックできるように、毎週「ぴあ」を買って常にカバンに入れて持ち歩いていた。他にも長年に渡り多彩な特集とインタビュー記事で、音楽・映画・演劇その他いろんなことを知る‘きっかけ’を「ぴあ」からもらっていた。が、ここ最近はジャニーズ系や韓流系の記事が増えてめっきりつまらなくなった。そして知らぬ間にカバンに持ち歩くことを止め、買うのもせいぜい数週間に一度になった。そんな「ぴあ」が売上不振のために最新号で大幅リニューアルし、週刊から隔週刊になった。そして。

「オフシアタースケジュール」のコーナーが無くなってしまった。
六本木やお台場のシネコンと同時に、京橋フィルムセンターやアテネフランセの上映スケジュールをまとめてチェックできる唯一のメディアだったのに。
「ライブハウススケジュール」のコーナーも無くなってしまった。
東京ドームや武道館で開催される大物アーティストのライブ情報から、アマチュアバンドを4~5組揃えて毎日ライブをやっているような小さなライブハウスまで、その両方のスケジュールを網羅していた唯一の雑誌だったのに。初めて組んだバンドで初めてライブハウスに出演したとき、このコーナーに小さく掲載された自分のバンド名を発見したときの感動は今も忘れない。そんな(元)バンドマンはきっと俺だけじゃないはずだ。
他にもつまらん記事が増えた代わりに「ぴあ」のアイデンティティだったような情報が一気に無くなった。ここはひとつ、筑紫さんを追悼しつつ「‘ぴあ’は死んだ」と言いたい。

同じ頃、海の向こうでは「CHANGE」を合言葉に歴史的な新しい大統領が誕生した。今年春、「筑紫哲也NEWS23」としては最後の放送となった日、「多事争論」の最終回で筑紫さんが掲げた言葉は「変わらぬもの」だったことを思い出す。

まあ、ありきたりな言い方をするなら、3つとも「時代が終わった、変わった」だけのハナシなんだろうけど、やっぱり寂しいし、悲しい。

変わるざるをえないもの、変えるべきもの、変えてはならないもの、そこらへんを自分の私生活でも見極めていきたい。
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by hotel_rwanda | 2008-11-10 01:07 | DAYS