ミズキユウタ30歳による、映画や音楽やお笑い芸人やその他イロイロについて思ったことと&何気ない日常を綴るブログです。


by hotel_rwanda
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冷たいギフト~過去が追いかけてくる~

はじめてソレの存在を知ったのは、確か小学校5年か6年くらいの頃だったと思う。転校したばっかの学校で、ようやくできた友達にソレを教えてもらったような記憶がある。最初の印象は怖いというか気持ち悪いというか、なんか「あんまり見ちゃ、聞いちゃいけないもん」というイメージだった。

プロ野球選手に憧れていたミズキ少年であったが、少年野球チームに入るよりも前に、小2だか小3の頃から何故だかピアノを習っていた。いつだったか小学校の同級生に「ピアノ弾くなんて女みてえだ」みたいなことを言われたのがトラウマになり、ピアノを習ってる、っつうことに後ろめたさがあった。そんなミズキ少年に衝撃を与えたのが、田舎モノの小学生が見たら夢に見そうな恐ろしいビジュアルをした、「エックス」のYOSHIKIの弾くピアノだった。フツーにイイ曲、綺麗なメロディだと思った。当時俺が習っていたピアノの先生が、幸い理解のある人だったので、定期的に開催される「ピアノの発表会」で、他の生徒がショパンやらモーツアルトを披露するのに混じって、エックスのバラード曲を弾かせてもらった。今から、十数年前のハナシ。

その数年後。中学3年間の野球部を経て、「こりゃ野球選手は無理だ」と悟ったミズキ少年は、ひょんなことから高校で出会った新しい友人に「バンドやろうぜ」(そういや当時そんな名前の雑誌があった)と誘われることになる。その友人に「俺ベース買ったから、お前とりあえずドラムでもやれよ」と言われたそのままに、ばあちゃんにもらったお年玉を使って、ドラムセットを買った。15歳の夏。さすがにもうピアノ教室には通っていなかったが、ピアノも相変わらず弾いていた。そこに、家の屋根裏に置いたドラムを闇雲に叩く、というのが加わった。期せずしてピアノとドラムという同じ打楽器ながら全くタイプの違う楽器に毎日のように触れるようになった。そんなティーンエージャーにとっては、命がけでドラムを叩く一方で、クラシック畑のピアニストも一目置くピアノを弾くYOSHIKIに、憧れを抱かないことの方が不思議なことであった。

そうして高校生になったミズキ少年は「むちゃくちゃつまらない学校生活」の反動でバンドを組むことになるのだが、エックスの曲を演奏することはなかった。理由は一つ。難しすぎたから。そして、かつてプロ野球選手を夢見たように、ロックスターを夢見たこともあったが、フツーに、地味に高校3年間は過ぎ、フツーに大学に進学することになる。高校卒業直前、「生まれて初めてのエックスのライブ」のチケットを入手したが、YOSHIKIが直前のライブでぶっ倒れて、観に行く予定のライブは中止(延期ではなく)になった。

更に数年後。大学生活も高校と同様に「こんな学校くだらねえ」とボヤく日々。すると、突然エックス解散の報。今思うと何故解散ライブを観に行かなかったのか我ながら理由が分からないのだが、多分そんなことよりも「クソつまらない毎日」を生き延びることに必死で、それどころじゃなかったのだと思う。で、その「クソつまらない毎日」を何とか後ろから支えてくれてたのが、解散後のhideだった。これは彼が死ぬ前も死んだ後も区別無く。いや、ひょっとすると他界してからの方が好きになったかもしれん。とりあえず「あの当日」には行かなかったけど、少し時間を置いて「築地本願寺」にも行った。手を合わせて天国の彼に祈った。

更に更に数年後。20代に突入したミズキ少年、改め、ミズキ青年にとって、音楽はかけがえのないものになり、「クソつまらない日々」は「よくワカらんけど愉快な日々」に変わっていた。が、ハタチ前後で出会ったブランキーやミッシェル、イエモンなどのエックスとはおよそ程遠い音楽性の「日本のロック」や、オアシスやレディオヘッドをはじめとする「ザ・洋楽」の影響で、「エックスファンだった過去」は、なんとなく自分の中で無いものになっていた。っつうか単純に「全く聞かなくなっていた」。
実際、渋谷系とかブルーハーツとかが流行っていた時代に、タワレコもコンビニも無い富山のド田舎でエックスばっか聞いてました、っつうのは、あんまりイケてなかったんちゃうか、みたいな、相変わらずの後ろめたさもあった。が、そんな後ろめたさはとっとと日本海に捨てちまえば良かったわけで、YOSHIKI先生は、その後、天皇陛下の即位何周年だかの式典でオリジナル曲をオーケストラと共にピアノで奏で、エックスの楽曲は自由民主党のCMソングにまで起用されることになる。


そして、更に更に数年が経ち、2008年。X JAPANがまさかの再結成を果たす。

明日、そのライブ(3デイズの2日目)を観にいく。ちなみにその前に、会社の同僚の結婚式に出席する。今日は、その結婚式で「職場の同僚のスピーチ」を任されているため、その原稿を考えるために仕事早く切り上げて家に帰ってきたのに、なんだか落ち着かず、原稿は手付かずで、こんなものを書いてしまった。

いま、まさに復活第一夜が、東京ドームで行われている。とりあえず、今日のライブでYOSHIKIが力尽きて、明日の公演が中止にならないことを祈る。

っつうか結婚式のスピーチ考えなきゃ。
いろんな意味で今夜は眠れそうにない。
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by hotel_rwanda | 2008-03-28 22:45 | DAYS